都市システム論へのプロローグ。
2001年11月28日(か27日か29日)、トラブっていた大学教官と言い合いをし、とりあえずの和解にたどり着いて、「よし明日からまた研究に励もう」と気持ちを新たにしつつバイクを運転していた帰宅途中だった。
一時停止箇所で止まったところ、僕は後続のバイクにおカマを掘られてしまった*1。
外傷なし。身体に異常はない。バイクからは衝撃による内部からのオイル漏れ。事故の相手があまりにも必死に謝るので、僕のほうが「まあ、そんなに気に病むことはないよ。バイクの修理だけしてもらえばいいから。とりあえず今のところは身体に異常はないし」となだめる。免許証の控えと携帯番号をメモ。相手方の保険が下りるように、また後で身体の異常が出たときのために、警察を呼んで手続きを済ませる。
次の日、朝起きると首と背中に違和感が。「どうして気持ちを切り替えて研究に向かえるようになった途端にこうなっちゃうのかなあ」という思いと、「だから毎日バイクで通うのは嫌だったんだ」という思い。苛立ちを抑え、事故の相手に連絡。それから大学にも遅れるとの連絡。
修理費、治療費、慰謝料、問題なし*2。
最初は近くの整形外科に通っていたが、あんまりよくないのでレントゲン検査と数回通っただけでやめにして、知り合いの教えてくれた接骨院にしばらく通った。そこで働いている人たちはすごく腕がいいし、人柄もよかった。マッサージ、整体、たまに鍼。街でよくあるマッサージは20分2000円くらいするけど、そこは健康保険も利くから1回600円くらいだった。
それでも回復には長くかかったし、今でも事故前の体調には戻っていない。
ムチ打ちはひどいときは首から背中、腰へと痛みが広がるし、めまいや吐き気がするときもある。集中力が途切れる。とてもとても、危険な薬品を使う実験なんかする気にならない。バイクに乗って研究室に通う気にもならない。途中でめまいでも起こしたら大変だ。
「今日は大丈夫だ」という日は研究室に通うが、周りからは徐々に冷たい視線。大丈夫な日だけ通っていたので、彼らには僕が前と同じように健康で元気なように見えてしまうみたいだ。そんなに元気ならもっと頑張って学校こいと。いや、こっちはこれ以上できないくらい頑張ってたんですけど。
研究を休んでいる間は、一日中横にならないといけない日もあったが、「それほどでもないけど、いつ悪化するかわからない微妙な感じ」の日もあった。そういう日は、本を読んだり、JMMの過去ログ*3を読んだりしていた。丁度9・11の後で、専門外のこともいろいろ知っておきたかったのだ*4。
さっき「だから毎日バイクで通うのは嫌だったんだ」と書いたけど、僕はその当時、バイクツーリングは好きだったが、バイク通学には嫌気がさしていた。
冬は道路が凍ってて危ない。仙台は雪は少な目なんだけど、その分ブラックアイス*5になる。そうすると水なのか氷なのかわからないときもあるし、夜なんかだとそもそも見えなかったりして、思わずその上に乗ってしまい転倒する(しそうになる)ことがある。
そもそも東北大の理系のキャンパスはは山の上。通学路はうねうね曲がった急な坂道。カーブでのスピード出しすぎか何かで横にひっくり返った車を、年に1回くらいは目にする。
しかし研究は夜遅くまで続くことが多いから、バス通学もままならない。そもそもバス路線が通っているのは街中(駅→商店街→高級マンション街→大学)で、駅から大学へはバスで行きやすいけど、学生が住むような住宅地から大学へはバスだとかなり遠回りになってしまう。駐車場が満足できるほどにはないから*6、多くの学生はバイク(原付)通学をしている。
大学周辺では毎年何人も学生が死んでいて、道端のあちこちに花束が置いてある。
なんかおかしくないか? 街のデザインが間違ってないか? そういうことを感じていた矢先の事故だった。文字通り骨身にしみる形で気づかされたわけだ。
日本の街はほとんど行き当たりばったりに開発されてきたし、また、自家用車中心の街づくり・運営がなされてきた。そして、人間が100%健康で元気な状態を基準にして、すべての物事が進んでいく*7。その結果、街はむしろ住みづらいものになってしまっているのではないか。
車中心ではなく、そこで生きる人間に焦点を定めた街づくり・運営ってできないんだろうか。もちろん便利さは失わずに…。
そんなことを考えていた折、僕は(確か)JMMで知った、ポール・ホーケンとロビンス夫妻の共著『自然資本の経済』(ISBN:4532148715)を何気なく読み始める。
この本は過去の日記でも何度か取り上げたが、僕らの抱えているあらゆる問題に対してシステム・アプローチを試み、経済と技術とエコロジーのプラスサム関係を構築するための具体的手法を主題に、一般人でも分かるような言葉で、具体例をたくさん挙げ、詳細にしかも簡潔に書かれている良著だ*8。
首と背中の痛みの中ベッドに臥せたまま読み進めて第14章に差し掛かったとき、僕は、驚愕した。
なんと、そこには僕がその時抱えていた問い「車に頼らない街は可能なのか? 可能ならば一体どういうデザインになるのか?」への1つの答えが書いてあったのだ!