クリチバの名を世界に轟かせたバスシステム


そう、そしてクリチバと言えば何と言ってもバスシステムだ。車のためでなくて人のための街づくりには、優れた公共交通システムが必須なのだ。公共交通機関の利用が自家用車の利用に比べて十分に便利なものであれば、街を走る車の台数はぐっと減る。環境にも当然やさしい。

クリチバ市の低コストかつ機能的なバスシステムは1990年に国際省エネルギー協会に表彰され、世界へとそのコンセプトが伝わって、特に発展途上国を中心に活用されている。

僕が最初にクリチバに興味を持ったのもこれだ。日常生活において、自分で自動車やバイクを運転するよりも公共交通機関を利用したほうが安くて快適ならば、僕はそっちを選ぶ。そして仙台がそうであれば、僕は交通事故に遭うことはなかったかもしれない。そんな思いもある。


公共交通システムを導入するに当たって、人口100万の都市は地下鉄しかない。これは専門家には(少なくとも当時の専門家には)常識的な考え方だそうだ。しかし、クリチバには地下鉄をつくるようなお金も技術もなかった。
レルネル市長はこう語る。

そこで、地下鉄とは何か、ということを考えました。そして、地下鉄が有する要素は、「速度」「頻度」「快適性」「信頼性」であるということが分かりました。


※服部圭郎著『人間都市クリチバ』(ISBN:4761523395) 44ページのインタビューより引用

簡単に解説すると、

  • 速度 目的地に着くまでの時間が短いこと。停車場所と現在地・目的地が近いこと。
  • 頻度 便数が多いこと。
  • 快適性 乗っている間の揺れ。座席の座り心地など。
  • 信頼性 時間通りに駅(バス停)に来ること。目的の駅(バス停)時間通りに着くこと。

といった感じか。加えて、自動車やバイクと比べたときのコストパフォーマンスも考えなければいけないだろう。


こういう地下鉄のいいところを、コストのかからない地上の交通システムで何とかできないか。もしバスで可能なら、もう道路はあるから初期投資費用がぐっと抑えられる。レルネルらはそう考えた。


普通、バスというと、遅い、なかなか来ない、乗りにくい、時間通り着かない… できれば乗りたくない。しかし、クリチバのバスシステムは、そういった問題をほとんど克服した。


参考→http://www.geocities.com/Tokyo/Ginza/5416/world/curitiba1.html *1


クリチバ市のバスシステムの特徴には、

  • バス専用レーン設置による高速走行
  • バス優先に信号が変わるシステムの導入
  • バス会社への走行マイルごとの報償支払い
  • 放射状、環状を組み合わせたバスルート
  • 市内一律料金
  • 2〜3両連結のバス
  • チューブ型バス停

などが挙げられる。


まずレルネル市長は、バス専用レーンを設置した。路面電車風に、道路の真ん中がバス専用になっているのだ。こうすることで、バスの高速で時間通りで快適な走行環境を維持できる。バス優先に信号が変わるシステムも、上の効果を後押ししている。

しかし、バス専用レーンに乗用車が乗り込んでしまったらお終いだ。そういうモラルハザードが起こると、システムがフリーズしてしまう。これを防ぐためにレルネルは、バスレーン設置当初、空のバスでもかまわずガンガン走らせた。乗用車が乗り込めないくらいに。走行マイルごとに報酬が支払われるのだから、バス会社としても文句はない。これには、「バスがこんなに走っているんだったら、俺もバスで通勤しよ。そのほうが便利そうだし」というふうに、需要を喚起する効果も見込まれていた(実際、その通りになった)*2

乗車客からの直接の支払いではなく走行マイルごとに報酬を渡す方法は、乗車客の多い路線をバス会社どうしで奪い合ったり、逆に客の少ない路線にはバスがなかなか走らなかったり、というトラブルをも解決している。また、乗車客の多い路線の車内での超過密状態を防止することにもなっている。


バスは、綿密に計画されたルートを走る。
前から読んでくれている読者にはおなじみのお絵描きタイム。紙をペンを用意して。

まず、紙に大き目の正五角形を書く(これは補助線なので点線、または薄く、または細く)。
それから、紙の中央に小さい正方形を書く。そこが都市の中心だ。その正方形から、正五角形のすべての頂点に向けて直線をかく。それが都市の中心と郊外を結ぶ放射状のバスルートである(そして、各頂点からはまた、放射状に周辺と行き来するルートがある)。
次に、小さい正方形を中心に、3つの同心円を五角形の内部に書く。これが都市内部の環状ルートだ。

放射状ルートと環状ルートの接点にはターミナルがあって、乗り継ぎができるようになっている。しかも市内一律料金で、乗り継いでもかかるお金は変わらない。このターミナル内部には、市役所の出張所などの各種施設があり、市民にとっては便利なんだそうだ(そこへ行って返ってくるだけならば片道料金で済んでしまう)。

これがクリチバ市のバスルートの概要である。


バスは2〜3両連結で、人を多く運べる上に、カービング性能が向上されている。中古のバスは、貧しい地域の人のための移動式職業訓練施設などとして、後世を過ごしているんだそうだ。


そして、なんといっても目を引くのが、黒っぽくて半透明のアクリル製チューブ型バス停だ。そのフォルムは近未来を想像させるもので、すごくカッコイイ。しかもカッコイイだけでなく、いくつかしかけがある。

短くまとめてしまえば、乗り降りが地下鉄風なのだ。
バス停にはバス停員さんがいる。彼に市内一律の料金を支払い、バス停に入る*3。バス停の床の高さは、バスの昇降口の高さと同じになっていて段差がない。バス停には車椅子の方のために、貨物トラックによくあるような小さいリフトが付いている。完全バリアフリーだ。また、バスの側面には複数の大きなドアがあり、バス停に止まると一気に全部のドアから乗り降りできる。もうお金は払ってあるから、それでいいわけだ。

日本式の、1人ずつ乗車券を取りながら狭い階段を昇る(車椅子の方はさぞかし大変だろうと思う)のと比べたら、なんと3分の1くらいの時間で済むんだって(そのバス停で乗り降りする人が多ければ、時間短縮効果はさらに大きくなるだろう)。

このバス停は、クリチバ市に住むすべての住民の家から500m以内にバス停があるように、という考えのもとに配置されているのだそうだ。


…と、クリチバのバスシステムの特徴はこんな感じ。上のリンクから写真も合わせてみてもらえるといいと思う。


クリチバ市民の自動車保有率は首都ブラジリアに次いで高いが、通勤手段として公共交通を利用する確率が75%という非常に高い数字になっている(地下鉄もあるサンパウロリオデジャネイロでさえ50%程度)。これは、普段は車よりバスのほうが便利なために、市民が積極的にバスを選んでいることを意味している。きっと自家用車はバカンス用なのだ。

このようにクリチバのバスシステムは市民の需要を呼び起こして受け入れられた結果、(バスは通常、初期投資は安いが毎月の利益は小さいと言われるにも関わらず、)収益性が高くなっている。地下鉄の200分の1のコストで、それと同様か下手すればそれ以上の効果が得られているのだ(しかも変化に対する柔軟性もバスのほうがずっと高い)。



ところで、バスシステムが単独としていかに優れていようと、土地利用とマッチしてなければ全然意味がない。「土地がどのように利用されているか」は、「人がどこからどこへ移動するのか」を決める。人の移動様式と移動方法がミスマッチではおかしなことになる。逆に、交通と土地利用がマッチすれば大きな効果が得られるわけだ。
クリチバ市では、この交通事業と土地利用事業のシナジー(相乗効果)的な関係を見逃さず、バスシステムの整備と土地利用計画の遂行を同時に、そして統合的に進めている(土地利用は環境保護や治水といった問題とも関わってくるが、その点も統合的に進めている)。

明日は、土地利用計画とその実践について、主にバスシステムと絡めながら見ていこう。



●街へのシステムアプローチ 3●(id:Bonvoyage:20040807)へつづく。

 

*1:この『世界のまちづくり見聞録』(http://www.geocities.com/Tokyo/Ginza/5416/world/world.html)を書いている、まちづくりプランナーの後藤太一さんは今、「ComPus 地域経営支援ネットワーク」(http://www.compus.ne.jp/)の理事長をされている。仙台の仕事もなさっていて、講演を聴いたことがある。詳細は書かないが、日本のまちづくりは「お金じゃないんだよ」という雰囲気があって、ビジネスを毛嫌いする傾向や費用対効果を無視する傾向があり、どうもいけない。もっとビジネスマインドを持たなければ。というような意味のことを言っていたのが一番印象に残っている。ビジネスマインドと言えば、機会費用(つまり何かにお金や時間や労力をつぎ込んだら、その分だけ他の何かはできなくなるんだよ、ということ)やキャッシュフロー(借金するならば、その利子率よりも高い投資収益率が得られるように組み立てなければいけない、リスクが大きいならば、その分利子率よりもずっと高い収益率を確保できるようにしないと(つまりハイリスク・ローリターンでは)割に合わない、など)についても、もっと勉強しといたらいいのに、と僕は思う。

*2:そう、需要というものは、ありもしないものには生まれない。人は知っているモノ・サービスしか欲しがらない。まず知らしめなければ需要は生まれないのだ。これはどんなビジネスでも同じだ。レルネルは、そういう人の心理を知り尽くした人のようだ。

*3:お市内一律の料金制度には、短距離しか移動しない割とお金持ちの人から、長距離を移動しなければならない貧しい人への富の移転という意味もあるのだそうだ。